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たしか、あの日は午前10時頃だったと思う。そこには30代の長髪の天然パーマで黒縁眼鏡、背は私より低く、ひどく痩せた倉庫の責任者が待っていた。 開いていた引き戸から(引き戸は、取次ぎや、製本会社が来るので開いていたと思う。)私は中に入り、 「あのー、南海ですが、A君の交代で来ました。」と、切り出した。 A君は、私と同じ臨時のアルバイトで、その日の勤務が最後であった。倉庫の奥で作業をしていたその責任者は軍手をはめたまま私を見ると、東北なまりのずーずー弁で、「ああ、聞いていますよ」と答えた。そして入り口のほうに歩いてきた。「そうかあ、今日だったなあ、忘れてたよ」と付け加えて言った。 「今日は何をやってもらうかなあ・・・」よくあるアルバイトの最初の日だった。 「そうだなー、とりあえずこっちの本をこっちに移してもらうかなあ」と平積みにしてある本を指差して言いながら彼は奥のほうに入って行き、私はそのあとを恐る恐る着いていった。なぜ恐る恐るかといえば、その「草思社」の倉庫は、入り口側におよそ8畳がひと間、それとその奥に6畳がひと間あるだけで、その当時は「大国の興亡(上)(下)」「玉砕しなかった兵士の手記」「娘からの宿題」(テレビドラマにもなった)「東京圏通勤電車事情大研究」など「大国の興亡」を中心に売れていたから、取次ぎに出した後に製本会社から搬入される分のおき場所を確保するため移動させるのである。 しかし、移動させると言ってもこの8畳と6畳の部屋に人がやっと通れるところを残して在庫が平積みになっていて、奥側のほうに置いてあるものを取るのは至難の業である。しかも、製本会社から入ってくるときは大抵厚い本は5冊で紙に巻かれてくるのでその巻いてある紙を上から手を大きく開いて握力だけで持ち上げるのだが、少しづつ売れていく本はその紙を破って取り出すのでその紙は無くなっていていっぺんに数冊の本を奥から持ち上げるのは無理なのだ。 そこで靴を脱いで本の上を川の上の石を跳んで渡るように近づいていって、本を持ち上げる。そしてとりあえず通路側からでも持てる位置に移動させる。 そして元に戻って靴を履きその本を別の場所に移動させる。これで「大国の興亡」の搬入位置は確保されたのである。 |
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